「母捨て」の文学−徳田秋聲「感傷的の事」
「感傷的の事」は大正10年(1921)1月、雑誌『人間』の巻頭に発表された。これは前年11月に文壇をあげて祝された「花袋秋聲生誕五十年祝賀会」を記念した特集への寄稿であった。
描かれるのは、母タケの死の前年である大正4年に金沢に帰郷し、生前の母に最後にまみえた日々である。明治維新以来、没落の一途を辿った徳田家だったが、この頃すでに父・雲平は世になく、子供たちも方々へ散り、残された母は材木町の親戚宅へ寄寓していた。主人公の「私」は、十年ぶりに金沢へ戻るが母との感情の疎隔は埋まらない。物語は、上京する「私」を追って人力車に追いすがる母の姿を活写し、「そして来ることの余りおそくて、別れることの余り早いのを、深く心に悔ひながら、永久の寂寞のなかに彼女を見棄てた。/其れが生きた彼女を見た私の最後であつた。」との述懐で結ばれる。
浅野川の対岸の町に生を受けた泉鏡花の文学を「母恋い」と呼ぶなら、果たして秋聲のそれは「母捨て」の文学と言うべきかも知れない。あたたかな慈母を棄て、あたたかな故郷を追われるように出た秋聲にとって、「帰郷」とは過去の「棄郷」の記憶と邂逅する事に他ならない。その秋聲が母の喪失体験を呼び起こし、再び郷里金沢を哀切に見据えた佳品である。 |